『ソニカの人』第4話|愛車のいない一日

カーライフ物語

この記事は以下のストーリーの続きです。
このストーリーの第3話以外から来られた方は、ぜひこちらのストーリーも併せてお楽しみください。

Scene 1|コトコトという音

段差を超えるときの異音が気になる。

最初は、ほんのわずかな違和感だった。

段差を越えるたび、フロアの奥で「コト、コト」と小さな音がする。
足回りからだろうか。
ラジオを消して耳を澄ませば、気のせいとは言い切れないレベルで音がする。

「……こういうのって、一度気にし始めると、止まらないんだよな」

仕事帰りのスーパーで買い物を終え、エンジンをかけながらそう呟いた。
振動も異常はないし、走行中にふらつきもない。
でも、段差でだけ響く不規則な音は、じわじわと神経に触る。

ちょうど来月に長距離の予定もあるし、念のため点検してもらっておこう。
以前お世話になった整備工場に連絡を入れると、翌週には見てもらえることに。
悩む前に動いたほうが、気持ちも楽になる。

Scene 2|ブッシュ交換かもしれない

整備工場に相談してみた。

週末、朝一で整備工場に向かった。

静かな住宅地の一角にある、町の修理工場。
受付の女性は相変わらず朗らかで、奥の作業スペースには整備士の男性たちがせわしなく動いていた。
オイルと金属と、ほんの少しの埃が混ざったような、あの独特の匂いが鼻をくすぐる。

担当の整備士がやってきて、症状を説明するとこう言った。

「スタビライザーのブッシュがヘタってきてるのかもしれませんね。
音の出方からするとその可能性が高いですけど、ジャッキアップして見ないとなんとも。
部品の在庫がないので、確認して発注して、って感じですね」

「一晩預けた方がいいですかね?」

「そうですね。そのほうが確実です」

「了解です。まあ、一日くらい車なくても平気ですし」

そう答えた自分の言葉に、ちょっとだけ驚いた。

以前なら「車がない生活なんて不便すぎる」と思っていたはずだ。
けれど、今は少し違う。確かに愛車は大切だけど、必要なときに必要な手段を選べばいい。
それくらいの柔軟さが、最近身についてきた気がする。

工場の代車は出払っていたので、久しぶりにカーシェアを使ってみることにした。

Scene 3|久しぶりのカーシェア

久しぶりのカーシェア。マイカーと比べるとちょっと不満かも。

スマホで予約を取ったのは、近所の駐車場にあるコンパクトカー。
年式は古く、ボディには小さなキズがいくつかある。
おそらく10年以上は経っているだろう。
昔、都内に住んでいた頃に何度か使ったカーシェアと、まったく同じ雰囲気だった。

カードキーをかざしてロックを解除。
使い方は簡単だし、アプリで予約から返却まで完結するのはやはり便利だ。

車内に乗り込んだ瞬間、まず感じたのは「視界の狭さ」だった。
Aピラーが太く、ルームミラーの位置も微妙に邪魔をする。
次に気になったのは、ブレーキの効き。
踏み込んでからワンテンポ遅れて減速する感じで、街乗りでも少し怖い。

加速ももたつく。
軽くアクセルを踏んでも「うん」と唸るだけで、なかなかスピードが乗らない。
エアコンの吹き出し口からは少しカビ臭さが混じった風が出てきて、
「ああ、そうだった」と懐かしいような気持ちになる。

数年前まで、これが“普通”だと思っていたのだ。

でも今は、違う。

「俺、ソニカに慣れてたんだな」

静かにそう思った。
軽い車体にターボが効いて、ブレーキもよく効く。
目線も安定していて、運転していて“安心”できる。

高級車ではない。
でも、安心して預けられる工場があって、自分の手で整備も少しできて。
何より「自分のために選んだ車」だから、信頼できる。

カーシェアは便利だ。
でも、“誰のものでもない車”と、“自分の車”の違いは、こんなにも大きいんだと感じた。

Scene 4|ただいま、我が愛車

整備から帰ってきたソニカ。やっぱり愛車が一番落ち着くことを実感する。

翌日、仕事帰りに整備工場に寄った。

「やっぱりスタビのブッシュでした。音はこれが原因だったみたいです」

引き渡されたソニカに乗り込んで、エンジンをかける。
帰り道、段差をいくつか越えたが、あの「コトコト音」はまったくしない。
足元がピシッと引き締まって、車全体の挙動も安定しているように感じる。

「ゴム一つで、こんなに違うもんなんだな……」

シートに身体を預け、ハンドルを握る。
いつもの景色が、なんだかちょっと優しく見える。

家の近所まで戻った頃には、自然と口元が緩んでいた。

「ただいま、我が愛車」

心の中でそうつぶやいた。

整備に出すのも、たまには悪くない。
乗り慣れた車だからこそ、少しの違和感にも気づける。
気づけるからこそ、より大切にできる。

信頼できる人に見てもらって、ちゃんと整えて帰ってくる。
なんだか、自分の身体をメンテしてもらったみたいで、ちょっと誇らしい。

「劣化も異音も、“気づいた者勝ち”だな……」

ふと、ウィンドウモールに劣化があったことを思い出した。
前から少しヒビが気になっていた箇所だ。

「そろそろ、何とかするか」

次の週末、またちょっとした作業が始まりそうな予感がした。


👉ソニカの人(30代・自営業)第5話はこちら 👷現在準備中👷

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